株式会社タバッキ / tabacchi

Tabacchi Journal

コース料理への挑戦から1年。「リ・カーリカ」が提案する、これからの「食」の楽しみ方。

タバッキグループの1号店でもある「リ・カーリカ」が誕生してから約9年が経った2021年春。以前のアラカルトスタイルから一変、コース料理1本に絞ったサービスへと大きく舵を切った。

リニューアルから約1年経ったいま、「新生リ・カーリカ」ではどんな面白いことが起きているのか。オーナーシェフの堤さん、そしてリ・カーリカのシェフ伊藤さんとサービスマンであり店長の石黒さんに聞いた。

――なぜコース料理1本にすることになったのでしょうか?

堤:2014年に「リ・カーリカ」を学芸大学につくってから9年の間に、タバッキは全部で5つの店舗を持つことができました。スタッフ一丸となってチームで沢山のことにチャレンジし続けて、お客さんから沢山可愛がって頂き、今まで営業してこれたと実感しています。そんな中で次第に、この街に「恩返しをしたい」と考えるようになりました。

タバッキ代表 堤さん

――素敵な発想ですね。

堤:街に根付く店として、この街に足りないものを補い、そしてぼくらが成長していく様子を街のみなさんに見て欲しいという想いが生まれ、何かを変えて行こう、さらにぼくたち自身も変わろうという気持ちが芽吹いてきたんです。

――結果、コース料理1本で勝負することに。

堤:はい。「リ・カーリカ」ではこの9年間、ワインや食材の生産者さんと実際にお会いして話をしながら料理を作り続けワインを注ぎ続けてきました。その過程で感じたことを余すことなく伝えたい……さらに素晴らしい食材を絶対途絶えさせてはいけない、適切な調理法で皿に想いと言葉を乗せてお客さんにお伝えしたい……様々な想いがこみ上げてきたんです。そして1号店の「リ・カーリカ」をコースのみの店にする決心を固めました。

――シェフを伊藤さんにすることは決めていたのですか?

堤:シェフは「リ・カーリカ」と同じように成長してきた伊藤和道と決めていました。彼の活躍を見てみたいですし、さらに可能性を引き出していきたい。まだ33歳の若手シェフですが想像することや勉強することを止めない彼のポテンシャルは充分です。そんな彼の背中を押し続け、「リ・カーリカ」は新しいステージに入りました。変わることを恐れず常に未来を見据える学芸大学「リ・カーリカ」の姿をぜひ見て感じて欲しいです。

――ここからは、2021年4月に「リ・カーリカ」のシェフを務めることになった伊藤さんと、新店長に就いた石黒さんにお伺いします。リニューアルにあたり、おふたりが意識をしたことはありましたか?

伊藤:以前の「リ・カーリカ」はアラカルトメニューが基本でした。前任のシェフの店の印象からはガラッと変化させたいという思いがありました。

まず大きく変えたのは料理の提供スタイルです。シンプルな料理をいろいろと食べられたら嬉しいなと思い、8皿からなるコース料理1本で勝負してみようと。学芸大学にはコース料理を食べられるお店が多くないので、他にはないスタイルという点でもひとつの狙いでした。

シェフの伊藤さん
店長の石黒さん

石黒:ワインに関しては、コース料理に合わせたペアリングをきちんとやりたいなと思いました。ただし料理のスタイルが変わるからこそ、サービスはあまりノリを変えずにいこうと。コース料理だからといって仰々しい感じにはせず、それまでの「リ・カーリカ」のノリを保つ……そのほうが新しい料理をリ・カーリカらしく捉えてもらえるかなと考えました。

料理のお皿ごとに合わせたワインを出すことは、もちろん以前も自然発生的にやってきたことなのですが、きちんと「ペアリングをやります」と打ち出したのは大きな変化でしたね。ぼくはワインにあまり興味がないお客様にも、まずはペアリングの魅力をお話しするんです。少しでもペアリングの良さを知って楽しんでもらえたら嬉しいので。

――リニューアルから約1年経ちました。この1年で感じている変化はありますか?

伊藤:最初はコロナ禍でお客さんが来るかわからない時期だったこともあり、やりながら迷う部分もありましたが、徐々にコンセプトが見えてきたところです。すでに1年前に作っていた料理からは変化、いや、進化してきていますね。

ぼくが料理人としての好奇心から取り組み出したもののひとつが「発酵」というテーマなんです。料理で自分らしさを出すこと、他の人と比べて自分が何を得意とするのかを考えたときに、このテーマがしっくりハマり、店で出す料理のコンセプトにもなっていきました。

――伊藤さんが作られる発酵料理とは、どんな料理なのでしょう?

伊藤:発酵料理は食材を保存することを目的に、昔からイタリアや日本で伝統的に作られてきたものです。いまは巷でもいわゆる発酵食が流行っていますが、ぼくが作りたいのは、イタリア郷土料理として着地させた料理。そのために100年ぐらい前のイタリア伝統料理を勉強していますし、ひと皿ひと皿に奥深さに持たせられるように作っています。あくまで創作料理や俗に言う発酵料理にならないように気をつけていますね。

石黒:ワインでも発酵料理と同じようなことが言えて、いまはナチュラルワインが流行っています。でもナチュラルワインの作り方自体は、昔からずっとやってきた伝統的なもの。産業革命以降の工業化の流れでワイン醸造のスタンダードができた形にはなったけれど、それまでは人の手でやっていたし、そのための技術があったわけで。それをいざ飲んで身体に入れてみると、こっちのほうが身体にいいんだってみんなが気づき始めたんですよね。

――同じような流れがあるのですね。

石黒:だからぼくも「ナチュラルワインが流行っているから出す」のではなく、昔から続くワインの歴史の中で、いま出会える魅力的なナチュラルワインを選び、サーブすることで、ナチュラルワインの文化をしっかり伝えていきたいと思いながらやっています。

――料理とワインを、どのように決めているのですか?

伊藤:料理は堤からアイデアをもらいつつ、何度もミーティングと試作を繰り返して完成させていきます。食材に僕なりの発酵のアプローチをしたり。地方の生産者を研修として訪問し、インプットしたものをお皿に表現させることも多いですね。

石黒:ワインでいうと、コース料理の流れとワインの流れを合わせる難しさがあります。たとえば料理のひと皿ひと皿にワインを合わせていくと、ひとつずつ見ればバッチリ合っていたとしても、ワイン全体の流れとして少々疲れるものになってしまうというケースもあります。両者のバランスをいかに取るか、いつも考えています。料理を先に決めるので、基本的には料理に寄り添うものを選びます。でも、それだけだとめちゃつまんないんですよ(笑)。「そのワイン、本当に好きになるか?」って。ただ料理に合うだけじゃなくて、ワインも立ってなきゃだめなんです。ワイン自体の魅力とか、料理と組み合わさったときの相乗効果がきちんと伝わるようにしていきたいですね。

「山菜のリボリータ」。トスカーナの伝統料理を、蕗の薹、行者にんにく、こごみ、うるいなど季節の山菜と発酵野菜を加えてアレンジしている。
「鹿レバーのサオール」。通常は揚げた魚を用いるヴェネツィアの伝統料理をアレンジし、広島県安芸高田の鹿肉を揚げ、どぶろくの酢に新玉葱とレーズンと一緒に漬け込んだ一品。

――コース料理として、全体の流れも大切な要素なのですね。

伊藤:ペアリングの流れの中にひとつ「外し」を入れることもありますね。ワイン以外のサワーエールや、スパイスを加えたジントニックを入れてみるとか。ちょっとしたブレイクタイムを楽しんでいただけるといいなって。

料理を出す順番でも、一般的なイタリア料理とは変えている部分があります。パスタの後でメインの肉料理を出すのではなく、メインの後で締めにパスタを出すとか。温かい料理と冷たい料理を交互に出すこともありますし、コースの最初から甘いアイスクッキーサンドを出したり……。既存の順序にとらわれないことも大切にしています。

石黒:最近はコースの中に「なんだこれ?」「いままでのリ・カーリカと違う」というような料理が入るのも面白いです。あえて「インスタで見たことありそう」みたいな盛り付けをしてみたり。やっぱり見栄えも食の楽しみ方のひとつだし、楽しみの球数は多い方がいい。だからこそ、うちは大学生ぐらいの若い人たちから場数を踏んでいるグルメの方まで幅広く食べに来てもらえているのかなと思います。

――「桜鱒 発酵トマトとペコリーノ」がまさにそうですね。こうした盛り付けが差し込まれることで、その前後の皿がより引き立って見えます。

北海道江別の桜鱒を神経締めし、水出ししたドライトマトのエキスでマリネした「桜鱒 発酵トマトとペコリーノ」。

伊藤:そうなんです。普段は多数派を避けて通りたいタイプなのですが、この料理に関しては、味の面から考えてもこの盛り付けがベストだったので。それに、単調じゃないほうが絶対おもしろいんです。

石黒:「ペポーゾ入りじゃがいものスフォルマート」も、知っている人が見ると、実はすごく面白い料理です。イタリアでは料理の付け合せとしてじゃがいもがぽんと添えられて出てくることが多くて。だからペポーゾとじゃがいもを組み合わせたアイディアも、クラシックなスタイルを崩したものではないんです。

「ペポーゾ入りじゃがいものスフォルマート」。トスカーナの伝統料理「ペポーゾ」は黒胡椒入りの肉の赤ワイン煮込み。また「スフォルマート」は崩した野菜を型に入れて焼いたスフレ状の料理。器の底にペポーゾが入っており、スプーンでスフレと一緒にすくっていただく。

伊藤:裏付けがしっかりしていないとダサいと思っちゃうし、経験値がある人が食べたときには見抜かれてしまいますから。

石黒:ワインサーブでも同じことが言えて、ぼくは必ず「なぜ、このワインなのか」を説明するようにしています。それこそがワインの楽しみだと思うので。

――いま意識していることを教えてください。

伊藤:「リ・カーリカ」の料理はどんな料理なのか、というところをもっときちんと言語化していきたいです。店の立ち上げからずっと変わらないこととして「日本人が東京でつくるイタリア料理」という部分がありますが、その上で、自分が作る料理はどうありたいのか……そこを深めていきたいですね。

また今後ももっとイタリアの郷土料理、日本の郷土料理を勉強して、日本各地のおいしい食材を集めて、お皿の上で何が作れるのかを挑戦し続けたいです。そのためにまたイタリアにも行きたいですし、いまはとにかくインプットの量を増やしたり、試作や研究の時間をかけたいと思っています。

石黒:ペアリングを通してワインの新しい楽しみ方をもっと提案していきたいです。サービスマンに委ねる面白さを知ってもらえるといいなと。

ペアリングの場合、ワインを選ぶのはお客様ではなくお店側です。つまりお客さんにとっては予想外のものが出てくることもあるわけで、それを思い切り楽しんでほしいなと思うんです。

いままで酸っぱいワインは好きじゃないと思っていた人でも、もしかするとそのワインが合わなかっただけで、酸っぱいワインが実は好みだということもあるかもしれません。これまでに飲んだことのあるワインをなんとなく繰り返し選んでしまっている人も多いかもしれませんが、その幅のままになってしまうのはもったいないと思うので。

――今後、力を入れていきたいことはありますか?

伊藤:料理人の人たちに「この店で働きたい」と思ってもらえたらいいなと考えています。うちは2ヶ月間同じ料理を作り続けるので、とにかく技術とスピードが身につくんです。たとえば今月のメニューでは桜鱒の調理がとても難しいのですが、調理場のスタッフふたりはもう、経験値を上げてぼくより上手ですから。

月に8皿作るからこそ、毎月確実に8枚のカードを自分のものにできる。これは単品でいろんな料理を少しずつ作るのとは全然違います。営業中は目の前のお客さんとお話ししながら調理もするので、実力をつけたい人にはかなり向いている職場だと思いますよ。

パスタの中に菜の花と自家製リコッタチーズを詰め、蛤とバターをソースに仕立てた「菜の花のトルテッリ 蛤バター」
桜海老と蚕豆をパルミジャーノチーズ入りの衣で揚げた「桜海老と蚕豆のフリット」

石黒:「リ・カーリカ」がコースの店になったことで、「タバッキ」全体の中で、店ごとの色がさらに出てきたと感じています。同じ「タバッキ」という会社ではあるけれど、それぞれの店舗で全然違う挑戦をやっている。そんな面白い場になってきているかなと。

幅広くいろんな方に来ていただける店であることに加え、これからはもっと玄人の方々に面白い、楽しいと思ってもらえるお店でありたいですね。そのためのワインをこれからも厳選し、提供していきたいと思います。

企画&インタビュアー/金沢大基(iD) 文/古俣千尋 写真/倉橋マキ