平成元年生まれ、キャリアの出発地点こそ異なるものの、ほぼ同期。
「リ・カーリカ」と「あつあつ リ・カーリカ」というコンセプトがまるで違う店舗で、それぞれシェフを務める伊藤和道と服部新。
今回、ふたりがタッグを組み挑むことになったのが広島県安芸高田市にある、鹿肉ブランド「Premium DEER 安芸高田鹿(以下、安芸高田鹿)」のコミュニケーション拠点「DEER LABO 安芸高田」で、月に一度開催されているシェフズテーブル。
9月の終わり、シェフズテーブルに先駆け、安芸高田鹿の生産者さらにはコースを組み立てる地元の食材を求めて、ふたりは安芸高田を巡る旅へ。
――はじめに、シェフズテーブルでメイン食材となる安芸高田鹿の印象について教えてください。
服部:安芸高田鹿との出会いは4年前。初めて調理したときに、下処理が丁寧で、冷凍で届くのにドリップが出ないことにまず驚いて。実際に焼いてみたら、軽やかでおいしい。鹿肉を頼むとワイルドな状態で来るものが多くて、食べられるところと食べられないところを分ける作業に時間も場所も使ってしまうので避けていたこともあったんです。でも安芸高田鹿は処理がちゃんとされていて味わいもいいから、以来ずっと使っています。
――4年ほど安芸高田鹿を使ってみていかがですか?
服部:使いはじめた頃から今に至るまで、状態が変化している気がします。処理をする方の技術が上がってきたのもあると思います。毎年更新されて、どんどん良くなっているイメージ。僕たちの要望に応えてくれるのもありがたいですね。
伊藤:選べる部位も増えてきました。「こんな部位使わないでしょ!」ってところも、リクエストすると送ってもらえて。首やアキレス腱、タン、ハツ、乳房まで、新しい部位を一緒に開拓しています。
服部:乳房はさすがに調理が難しかったですけどね(笑)。
――今回、安芸高田鹿の生産者さんを訪ねてみてどうでしたか?
服部:コロナの関係もありなかなか伺うチャンスがなかったので、僕は初めて伺ったのですが、ハンターの古門さんと会ったときに、遠距離恋愛している相手に会ったみたいに「やっと会えた〜」ってなりました(笑)。胸が高鳴りましたね。産地を訪れると、“人”に会えることが一番嬉しいです。実際にお会いして話をして、お酒も酌み交わして、本当に楽しい時間でした。
伊藤:僕は4年前に一度訪れているのですが、当時のリ・カーリカではコース料理もやっていなくて料理人としてのレベルも今に比べて低かったので、インプットできるものが軽かった。機械的なインプットだったし、古門さんにいろいろと質問することもできませんでした。でも今回は一緒に過ごす時間が長くて、たくさん話して具体的なイメージを持った上で活発に意見交換ができて。その中で、僕たちが鹿肉を使ってくれるのが嬉しいって話してくれて、数ある取引先の中でも特別に思ってもらっていると実感しましたし、僕たちも今後も使い続けたいと改めて感じましたね。
――鹿肉の生産者さん以外にも様々な出会いがありました。新しい感覚や発見はありましたか?
伊藤:これまで、安芸高田以外にも産地を訪れているのですが、今までにないパターンの生産者さんが多かったと思います。水耕栽培の青ネギ農家「クリーンカルチャー」などは特におもしろかったですね。作物のクオリティーの高さもそうですが、高齢の方でも作業がしやすい栽培方法をとることで、人間的なサスティナビリティに貢献しているのもおもしろいと思いました。哲学がよくても作業的にしんどいと続かなくなりますからね。
服部:水耕栽培の青ネギって聞いたときは、「青ネギ?」って驚いたのですが、「この土地だから、この水だから、この日照条件だから」っていう話を聞いて納得しました。
伊藤:テロワールのようなものがあるのだなと思いましたね。
――無農薬栽培の「ファームもりわき」にも行きました。
伊藤:あそこまで自然な畑は見たことがなかったです。畑が森脇さんご夫婦の生活の一部って感じで、生活の中でできる作物を周りにお裾分けしているような感覚。畑の中に森脇さんがいて馴染んでる、そしてご夫婦が元気で…。本質的な意味での”健康”とは何か、って考えさせられました。
――日本では珍しい種類の野菜を栽培している「つぼくさ農園」はいかがでしたか?
伊藤:下手すると一生知らないんじゃないかという食材がありましたね。ミャンマーの葉っぱのチンバウン(ローゼルの葉)とか。食材をリストで見ていたら、使わないかな〜ってなるんですけど、今回は生産者さんがお客様で来てくださるって聞いているので。効果的に使いたいと考えています。もちろんイタリア料理で勝負します。はじめての食材でも一度向き合って考えてみたいなと。嗅いだことのない香りや食べたことのない食材に出会うとワクワクしますね。
服部:日本でこういう野菜を栽培するのは本当にすごいことですよね。ありがたいです。僕たちにとっても大きなチャンスになります。
――「八千代すっぽん」のスッポン養殖場はいかがでしたか?
伊藤:スッポンには元々興味があって、いつか使ってみたいと思ってました。実際にスッポンを捕まえたときに感じた想像以上の生命力。力強くてパワフルで、腕相撲をしたら負けそうな勢い。エネルギーのある食材だから、そのエネルギーを料理にするのが僕らの役割で、いかにおいしく出すかっていうのを考えています。
服部:僕も伊藤もスッポンを扱うのは初めてで、スタートラインが同じなので、そこがおもしろいです。スッポンをおろすときに「これ何?内臓?」って話しながら調べたりして、試行錯誤しながらやってます。
――シェフズテーブルに向けて産地を巡る旅を終えて。コースに使う食材はイメージできましたか?
服部:コース全体で見て99%くらい安芸高田の食材を使いたいと思っています。それが今回軸となるテーマで、挑戦する意義だと感じています。今回ばかりは「イタリアの輸入食材を使う?」などは話題にも出ていないです。魚も使いません。
伊藤:今回巡った生産者さんの食材で、十分コースは作れる。鹿肉をはじめ、安芸高田の食材を使って、地元の方々が思う素材の活かし方とはまた違った見え方になるような“レストランの料理”をしっかり出したいと思っています。
――おふたりにとって、「生産者さんに会いに行くこと」はどんな体験でしょうか?
伊藤:僕らにとってはいいことばかりです。その土地に降り立って、その場で思いつく料理もあるし、僕らがレストランでお客様に届けたときの情景を直接フィードバックとして伝えるのがいい循環になっていると思います。せっかくレストランでお出しする料理なので、生産者さんが想像しないものを作っていきたいですし、こんなアプローチもあるんだ、っていうところを見てもらいたいです。お互いにとっていい循環になっていく、そういう関係性を築き上げていくことが自分自身の経験にもなっています。
服部:面と向かっているからこそ生まれる疑問にその場で答えてもらえるから、料理の組み立てが格段に早い。新しい食材に関しては、先入観を持たず、最初に「どういう食べ方がおいしいですか?」って生産者さんに聞きます。シンプルな回答が多いのですが、加熱方法を教えてもらったらその通りやってみて報告したり、より良い関係性を保てるようにしていて、そのためにも現地に行くことは大切です。僕らは食材についてお客さんに伝えるのも仕事だし、実際に行った場所の食材だとより積極的に熱量をもって伝えることができる。特に五感で感じたものを伝えられるのがいいですね。「すごく寒い場所で育っているんですよ」とか「この生産者さんはおっとりしていて、味わいと同じように穏やかなんです」とか。お客様が情景を思い浮かべながら楽しめる、そんな体験を、料理と一緒に届けていきたいです。
――普段は別の店舗でそれぞれシェフとして働いているおふたりですが、シェフズテーブルでWシェフとして組むこととなり、いかがですか?
伊藤:若かったら喧嘩していたかもしれないですね。もっと尖っていたら一人でやりたいって言ってたかも(笑)。いまはそれぞれ店を任せてもらって、プライベートでは子供も持ち、色々と熟成されましたね。
服部:料理へのアプローチが真逆くらい違うのでぶつからないです。伊藤は新しいことを取り入れるのが得意で、それは僕の持ってないところだから知りたいですし、僕が得意なところは積極的に担っています。
伊藤:服部はレス鬼速男なので、各地の生産者さんとのやりとりは全てお願いしています(笑)。
――最後に、今回のシェフズテーブルへの意気込みを教えてください。
伊藤:「DEER LABO安芸高田」でのシェフズテーブルは僕たちで3回目なので、今までを圧倒的に超えていきたいです。ふたりだからできることがありますし、今回はワインも自分たちで選んで持っていきます。表現したい世界観を完全にイメージして、準備を進めます。出し方や見せ方、ストーリーを伝えるタイミングも。なので、料理自体もある程度”その場で見せる前提”で組み立てていきたいですね。
服部:構想段階の今は切羽詰ってるのですが、しっかり準備して、当日はとにかく楽しみたいです。良い準備をきちんとすれば、料理を作りながらでも十分に楽しめるはずなので。
DEER LABO安芸高田 シェフズテーブル
安芸高田鹿をはじめとする安芸高田市の食材(ジビエ、米、川根柚子、青ネギ、川魚、スッポン、山菜、きのこなどの旬食材や、お酒、味噌、醤油などの調味料)を生産現場でシェフが視察。食材の魅力を理解した上で料理を考案します。「シェフズテーブル」当日は、県内外から訪れた約10名のお客様に、安芸高田市ならではの食体験を提供します。
第三回目は、10月21日(金)〜10月22日(土)に開催。「リ・カーリカ」伊藤と「あつあつ リ・カーリカ」服部がWシェフで登場。